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ソナーズユーザー限定公開
「No.607 殷 朱陽くん
ソステヌート、ショパンです。」
たくさんの拍手と訪れる静寂。この会場全員の目線が、1点に集まる。
「…っ」
大丈夫。いつも通りに。練習通りに。
僕にはたくさんの頑張ってきた時間がある。
「♪~」
ほぉ。客席からため息のような声が聞こえる。ほら、大丈夫じゃないか。いつも通り。いつも通りにやって、いつも通りに金賞をとる。ただ、それだけ。それだけだろ。
ちら、と横目で客席を見た。
「…!」
見つけてしまった。真剣な顔で見つめる2つの顔を。
【今度のコンクールで金賞をとったら、一緒にウィーンに行きましょうね】
【大丈夫だろ。俺たちの子なんだから】
【大丈夫だよ。練習量では誰にも負けないんだから。】
犠牲にしてきた時間(日々)を、無駄にはしない。
「♪~…」
「…」
音が止まった。全ての音が、僕の世界から消えてなくなったかと思った。