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ここ「万華町」はどこまでも広がる海原のその下、水中の風景を閉じ込めたような美しい大都会だ。
現代的、とは呼べない木造住宅の列の中には生物が住み着く岩の様な目立たない高層の建物もあれば、誰もが目を引く派手な色彩の住宅も混ざっている。
硝子の産地として知名を広げている万華町は近郊に多数の工房を構えており、今日も鋳造の火が新たな作品を産み続けている。
民家や屋敷、教会や娯楽施設などの公共の場を華やかに演出する以外にも身近な道具の原材料に利用され、万華町市民だけで無く郊外でも生活の一部として馴染む程の知名度を誇る。
そして万華町に限らず、この世界は徐々に進化を果たしていた。
海外との交易が始まった二年前から見た事も無い品品、文化が流通し街に組み込まれる機械や食卓に並ぶメニューには最早慣れ親しんだ面影は残っていない。
所々で文明開化の音が響く街の何処か。時代の変化についていけず、悩みながら本紫の煉瓦で整備された街道を歩く女性が一人いた。
|泡辻(あわつじ) |柚(ゆう) 二十一歳
真っ直ぐに整えた長い銀髪と桜の花をモチーフに織られた桃色の着物を清純に着こなした容姿は大和撫子と例えるのが相応しいのだろうが、袖の切り込みから覗かせる腕とスラリと伸びた艶めかしい生脚が堅苦しい印象を払拭させている。
普段は探偵業を営む事務所「|縹電社(ひょうでんしゃ)」に所属する探偵として忙しい毎日を送っている彼女。この日は盗難事件を解決し事務所に戻る途中であった。
外景を彩った淡紅の花弁が散り始めた春の終わり
現時刻は|夕の八の刻(午後20時)
永き冬を乗り越え、麗らかな暖気が戻って来たとはいえ日が暮れれば身震いする程の冷気が体温を奪う。
一刻も早く事務所に戻り、ストーブの柔らかな熱気に包まれたい。