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グラスホーン・パトリックノーマンマクヘネシーは、「血の気の引く音」をはっきり聞いた。勿論己のものである。さああ、と耳の奥で血の流れが渦巻く音を聞いた。いやだ、失いたくない。血液の抗議だった。血液には、肉体には、自我などない筈だったが、彼は確かに己の肉体があげる悲鳴を聞いた。
切断される己の九本の手指の、その断面を肉体は予感した。葡萄酒の瓶から零れるように血が失われることを、肉体が予感したのだ。それは濃密な痛みの予感だった。
目の前では、軽装の女性がふんふん鼻歌を歌いながらナイフを研いでいる。脱いだ上着が無造作に腰のところで縛られている。袖のない水着のようなインナーウェアは、深い朱色だった。
彼女はもう、彼に興味を失ったようにこちらを見向きもしない。最後に聞いたつめたい声を思い出した。その表情は逆光でよく見えなかったが、ぞっとするような声だった。
それまでの、親しげで軽妙な口調の全てが地獄に突き落とすための前振りだったのではと思わせるような、つめたい声だった。
彼は後ろ手に縛られている両方の掌を握ったり、開いたりした。親指、人差し指、中指、薬指、小指。まだ、ついている。切り落とされるなんて、信じられない。どうにかして状況を打開する方法はないものか。掌には、じっとりと汗をかいている。
こちらを一瞥もせずに、女が朗らかな声を出した。